大家とのいざこざ

2010年9月1日

今までブログが更新できなかった理由を書きます。

ある出来事から始まり、ふたを開けてみると3週間が経過し、今なお継続中で、もしかすると裁判沙汰なんてことになるかもしれない。今は様子見といったところでしょうか。詳しいことまで書くと終わりそうにないので、どうして中国のオフィスを引っ越すことになったのか(それも全く離れていない1階下の部屋!)、ここではそのあらましを紹介するにとどめておきます。

8月2日、オフィスに入ると、キッチンから漏れてきた水が私の机の位置にまで達していました。その距離約5m。タイルカーペットは水浸しでキッチンの床は完全に浸水。すぐに水道栓を閉め、従業員に大家と連絡を取るよう指示してから、モップで床の水を拭き取り、濡れたタイルカーペットを乾かすため、一枚一枚剥がしてベランダに出しました。

大家は部屋に入ると、破裂したシンク下のパイプを取り換えるようすぐに手配をし、後始末は私たちに託すかのようにして、あとは何もせずに部屋を後にしたのでした。

2日後、タイルカーペットが乾いたので、ボンドを買ってきてそれらを元の位置に貼り直しました。私の机やコンピューターもやっとのことで定位置に戻り、日常の平穏を取り戻すことができたように思えたのです。

ちなみにオフィスには複数の部屋があり、全体の面積は160m2です。その日の午後、キッチンから離れたいくつかの部屋のあちらこちらで、カーペットに水が浸みているのを発見しました。その理由を数少ない選択肢の中に探ってみるまでもなく、水は床下に拡がっているのでしょう。それも多分、その裏面と接するほどの深さでもって・・・

私たちは急いで大家に連絡をし、再度、部屋まで来てもらいました。大家はその現状を確認して曰く、「2、3日もすれば乾くと思うし、いずれにしても出来ることは何もないですね。」いやいや、そんなことはないだろう、床下には水があるはずだし、どんなにエアコンをかけたって湿度は高くなる一方だし、ほっておくとカビだって生えるかもしれない。でも大家は言うのです。少し時間をおいてください。今のところ待つ以外にできることはないんです、と。

あくる日、水の浸みはカーペットから上って壁まで拡がっていました。このままだとカビの繁殖は必至です、と大家に電話で告げると、やっと彼も重い腰を上げ、何か考えておきますから、そちら(つまり私たち)も方法を考えてください、と言ったのでした。

木材のフローリングに穴を開けさえすれば、水の量も分かるし、それを吸い出すこともできる。私たちは大家に説明をして、穴を開けることにしました。友人から電動ポンプも借りました。そうして人を呼んで直径3cmほどの穴を開けてもらったのです。

はたして水はありました。数か所に穴を開け、その深さを測ったところ平均1cmほどはありそうでした。1cmの深さで160m2、つまり約1,600ℓ(1.6 ton)もの水が私たちの足元に広がっているんです。しかしこのニュースにも大家は動じる気配を見せず、ポンプで吸い上げるだけ吸い上げたらあとは蒸発させるしかないですね、と言ったきりでした。

とにかく作業開始です。最終的に10ヵ所になった穴からの吸い上げ作業を2日続けて、量にして約700ℓもの水を吸い上げました。それでもポンプでは吸い上げることのできない2mm程度はまだ残ったままです。

その晩、私が一人でオフィスに残っていると不動産屋の人が、階下の部屋の天井から水が漏れているが何か水の問題がないか、と訪ねてきました。彼と一緒に階下に行ってそのアパートに入ると、部屋の一つの天井は水がかなりの勢いで漏れており、隣の部屋の天井にもその影響が見て取れました。私は彼に、彼からもらった名刺の連絡先へ大家に連絡をさせるよう約束しました。

水道管が破裂してから約1週間、週の内の4日間を無駄にし、その間に、予想通り壁のあちこちにカビが繁殖をはじめていました。そしてまた大家に連絡をし、大家もまたお決まりの「蒸発」ですべてを解決しようとしました。加えて20mlの注射器を持ち出し、こともあろうに残っている分(約300ℓ)はこれを使えばいいなどとのたまったのです。

数日後、カビの繁殖の勢いは増すばかりで、もちろん床下の水が短期間に蒸発するなんてことはないわけで、このまま水の処理が出来ないようであれば、オフィスの引っ越しを考えると大家に告げました。大家もここにきてやっと現実的に床の取り外しとその回復の方法を考えるといい、1、2日待ってくださいと返答してきました。

ところが2、3日たっても大家からの連絡は来ず、電話でどういうつもりなのかを再度、確認しました。彼の提案は、まず一時的に階下のアパートに荷物をすべて移す。フローリングを取り外し、水を完全に除去する。その後、床の修復。それらが終わって最終的にまた荷物を戻す。すべてが終わるまでに約3週間。どう考えたって3週間も会社を休ませるわけにはいかないし、それは最初からはっきりと明言してきました。それに荷物を移して戻すというのは、つまるところ引っ越しを2回するようなものだし、何よりもアパート内を分割してオフィスと住居にしているため、その間、私は住むところを失ってしまいます。しかし大家によると方法はそれしかないのです。

大家は私たちに出ていってほしくはないだろうけれども、フローリングを取り外さない限り水は除去できない。オフィスの引っ越しを考える地点に来ていました。カビは日を追うごとにその範囲を拡大しているし、ただ「待つ」というのはもはやオプションでさえないのです。

その日の午前中に下の階のアパートを借りることが出来るか、不動産屋に電話で聞いてみました。私たちの計画は、階下アパート内で比較的水漏れ被害の少ないオフィス部分を先に移動し、被害の大きい住居部分については天井の修復が終わってから移動するというものでした。運よくアパートの所有者からの同意を得ることができ、その日の午後には契約まで済ませてしまいました。そして次の日には一年分の家賃を支払い、2、3日後には移動できるようにオフィス用の配線工事も開始させました。

オフィス部分は金曜日に移動し、住居部分の天井修復は土曜日に、翌週月曜日には人を呼んで部屋の掃除をしてもらい、すべてが終わったのは月曜日の晩でした。

引っ越しは予想以上に順調に進み、残すは以前の大家とのアパート解約、つまりは鍵を返却し、前払い家賃の残高(8ヶ月分)を返済してもらい、居住者側(私たち)の中途解約による違約金(1ヶ月分)を支払うだけとなりました。金額にして37,498 元(14円のレートで520,000円です)が返ってくる計算になります。

しかし大家は私たちが新しいアパートの契約を済ませ、すでに引っ越したことを知ると態度を変え、すぐに水を除去すると言い出し、フローリング交換の代金を私たちに要求してきました。彼の配水管が破裂して、その床下に水をため、蒸発するまで待つしかないと言い続けてきたにもかかわらずです。

2人の弁護士、それに不動産屋ともに、私たちにフローリング交換および水除去の代金の支払い義務はなく、前払い家賃残高の受け取りの権利もあると説明してくれました。ただし、そんなことは意に介さず、以前の大家はただただ私たちの引っ越しに腹を立て、家賃残高の返済を拒み続けています。

現状、私たちは法的には引き続き前の部屋も借りています。つまり大家は私たちの許可がない限りは勝手に部屋に入って修理を始めることはできないわけです。その間にもカビの増殖は止まりません。それに、いずれにしても解約のために事前にアパートの鍵を取り換えていたため、彼は鍵も持っていません。

それでも大家は自分の所有物ということをたてに、鍵屋に鍵を開けさせ、自分のやりたいようにすると言い張っています。これは明らかに違法行為ですが、彼は折れようともせず、家賃残高の半分さえ返済する意思も見せず、そもそも基本的にこの話し合いを終わらせることをさえ拒否しているように見えます。

いずれにしても新しいオフィスへの引っ越しは終わりました。以前の部屋に比べると住み心地ははるかにいいと思います。それから解約手続きをするか、もしくは必要があれば裁判になるか、どちらにしてもその準備は整っています。ただし、裁判の時間と費用を考慮すると、現実的には大家に鍵を返却せずに、様子見を続けるしかありません。仮に大家が鍵を壊して無断で部屋に入るようなことがあれば、警察を呼ぶかもしれませんし、そのときこそ裁判を起こすかもしれませんが、こちらの日本人や現地の知人の話では、それでも大した改善は見込めないだろうということです。

今回の件を通しての大家の態度の変化が不思議でなりません。彼は私たちが部屋を借りていた2年半の間、とても素晴らしい大家でした。そして解約申し出の瞬間には別人になっていました。

最善と思われるのは、今回の事件をちょっとした異文化経験と思ってあきらめ、新しいオフィスで今まで通り仕事を続けていくことかもしれません。住所だって903が803になった程度です。それにしたって登記住所の変更、銀行や関係機関への届け出など、まだまだ片付けなければならない書類は山ほど残っていますが…

青島ビール祭り

2010年8月27日

最近は中国の会社の引っ越しで時間があまりにも取られてブログの更新が出来ていないんですが、やっと落ち着いたので、これからまた少しずつアップしていきたいと思います。

(引っ越しそのものについても後ほどお話します。)

2010年の青島ビール祭りは8月14日から29日まで開催された。これは世界中で有名な青島ビールを宣伝している建物の一つです。これは5月4日広場の隣で、青島の市役所の前です。

誰の奥さん?

2010年7月12日

本来は「奥さん」は他人の妻を敬っていう語です。文脈がないと、話している相手か第三者の妻は明確ではないが、確かなのは話している本人の妻ではないことです。「私の奥さん」は正しくない言い方ですが、近年ではよく耳にします。「私の奥さんと食事に行ってきます」などと聞くと、間違った日本語でも、意味は明確です。この場合だと翻訳するのは簡単です。しかし、「私の」はよく省略され、単に「奥さんと食事に行ってきます」として使われています。この場合は、文脈がないと、他人の妻と食事することにしか思えない。

「奥さんと食事に行ってきます」と言われたら、直ぐに思うのは「誰の?」です。例えば、メールの本文などを翻訳する場合は、その「誰の?」を聞くことが出来ないのが普通です。問題は英語にするとその「誰の」を必ず入れる必要があります。その情報がなければ、「誰かの」にするしかありません。本当は夫婦が食事に行く話だけだったのに、まるで浮気の宣言に聞こえてしまいます。

ここで翻訳を依頼する時に大事なことが二つです。一つ目は充分な文脈・背景を翻訳者に伝えて、正しく翻訳できるようにすること。二つ目は少なくても日本語を正しく使うこと。

この例だと「妻と食事に行ってきます」を言っていたら、何の問題もなかったです。

中国でのカラオケ

2010年6月28日

スナックのような店から・・・ 売春宿まで・・・

日本にあるような普通のスナックが中国にもよくあります。青島の中心部(市南区、人口:250万人、その内日本人が約5,000人)には少なくても、日本語を話せる女性がいる日本人客専門のお店は50店以上でしょう。これらは日本のスナックと同じく質がピンキリです。大人しい店から派手な店があるが、基本的には一般的な日本式のスナックと変わらない。セット料金があって、それに飲むボトルの料金を払うだけです。これからは比較的な健全なお店です。

5つ星ホテルなら、殆どと言えるくらいカラオケのクラブがある。そこで、約20人の若い女性が連れて来られて、好きな女性を選ばせる。話すことなく、見た目で選ぶしかない。その20人で自分の好みの女性がいなければ、次の20人が来ますので、その面ではあまり心配はいらないでしょう。

ビールを飲みながら、カラオケを歌い、そのまま帰るか、その女性を自分のホテルの部屋に連れて帰るかという選択肢がある。そう、ただの売春宿です!

強制的に連れて帰る必要は全くないですが、多くの人がそうしなければ、そんな店は存在しないでしょうね。

もちろん違法ですが、5つ星のホテルや大きなクラブの場合は、クラブの経営者とその近辺の警察(公安局)が「仲が良い」ので、心配は不要だそうです。

また、歌うためだけのカラオケボックスもある。それらは日本と変わらず、自分と自分の友達だけで、歌ったり飲んだりしてお店の女性はいません。

5つ星のホテルにあるような、よく言われる「持ち帰りが出来る店」は接待でよく使われている。特に日本から来るお客さんだと、それを期待しているだろうと思われ、食事後に「カラオケに行こう」と誘われることが多いです。断るのは良くないので、行ってビールを飲んで、そのまま帰るのが一番賢いでしょう!まぁ、人はそれぞれですね。

青島の海辺 – その2

2010年6月20日

一週間しか経っていないのですが、人は少し増えてきました。観光客や遊ぶ人は少ししか増えていないが、そろそろ来る観光客を自分の顧客としようとしている人が段々と集まっています。海に入るには水温がまだちょっと低いですが、船に乗ったり、ビーチで遊んだりすることが既に始まっています。

① 熱い日にビーチに行くが、やっぱり日傘が必要

② 浜辺で小さいトラクターで遊ぶ

③ 船に乗って沖を廻る

④ 砂で遊ぶのも楽しい

⑤ 裸足で歩くので、靴は適当に置いて行こう!

⑥ 何かのメッセージを残そう!

文脈は重要

2010年6月14日

言葉や文章一つを翻訳するようによく要求されることがあります。しかし、単語を一個ずつ翻訳が出来ても、直訳になり、意味が全く違う場合もあります。また、言語によっては文章には翻訳するのに情報が足りないこともあります。

それぞれの言語に独特の文法やルールがあり、その言語だけで話していると何の問題はないのですが、その会話の一部だけを正しく翻訳や通訳出来ないことがよくあります。

たとえば、会話の中で「お父さんは犬の散歩をしている。」という文章が出た場合は、追加情報がなければ、翻訳が不可能です。本人同士は話を分かっているが、翻訳者は正しく理解していないことが多い。文章の単語を翻訳・通訳するのではなくて、その文章の意味を訳すべきです。この例では、犬が何匹か分からないと英語に翻訳ができません。それと誰の「お父さん」かが分からないと自然に訳せません。

あり得る訳文は少なくても次の候補があるでしょう:

●  His father is walking the dog.
●  Your father is walking the dogs.

質問をして、その文章の背景を理解していないと正しい翻訳が出来ません。

また、中国人に「私は北京にも行きます。」を中国語に翻訳するように頼むと多くの人は「我也去北京。」と答えます。その後、「私も北京に行きます。」を翻訳するように頼むと、困った顔でまったく同じ文章を繰り返す。前後の文章があれば、両方の日本語の文章が同じ中国語になりますが、単独の文章だとどっちの意味かが判断できません。勿論、区別しようと思えば、2つの中国語の文章を作れますが、自然でもないし、上記の順番で聞くと殆どの人は区別が出来ない答えを言う。

逆に、中国語の「我也去北京。」を日本語か英語に翻訳することが出来ません。一人が2つの場所に行っているのか、2人以上が北京に行っているのか分からないからです。

翻訳するのは言葉ではなくて、意味です!

青島の海辺 – その1

2010年6月9日

まだ夏休み前なので、内陸の中国人観光客はまだ少ないのですが、綺麗な海が有名な青島の今は、たくさんの人が浜辺で遊んでいます。
海風が気持ち良いのですが、まだまだ暑くなります・・・
残念ながら、BBQが禁止されているだけではなくて、犬も駄目のようです。

自動車を買っても、停まる場所がない

2010年5月29日

車庫証明のない中国では車の台数が急増しています。車が毎月増えるが、駐車場が全く足りていません。青島では2010年1月現在で、車の数が約150万台、去年と比べて16万台増です。その一年で20万人が運転免許を取得しまた。今は毎日の平均登録新車は600台に足している。それが年間にすると22万台。

一方、駐車場がありません。歩道の隣にちゃんと駐車する場所が白線で決まっているのに、それを無視して歩道そのものが駐車場扱いとなっています。

これも無料ではなくて、1時間2元くらいの料金が必要です。勿論、領収書が必要ないなら、駐車料金を集まっている人に1元を渡せば、彼のポケットに入って、領収書を発行する手間を省くことが出来る!

歩道に停まっている車が多すぎて、歩行者が道を歩くしかないです。歩道に視覚障害者の為のレンガがあるのに、その上に車が停まっているので、全く意味を果たしていない状況です。

青島に来る度に「これ以上車が増えない」と思っても、毎回増えています。

今度はどこで停まるでしょうね・・・?

この写真は私の事務所の窓から撮ったもので、比較的広い歩道です。

でも、歩道が狭くても、状況は同じです。

警察官が「駐車禁止」の標識の下に立っても・・・

出会いは?

2010年5月24日

私はイギリス人で、妻は日本人です。知り合ったきっかけについてよく聞かれます。

私は1991年にイギリスを出てから、初めての里帰りでした。しかも7年ぶり!安い航空券を探した結果、広島発→シンガポール経由→ロンドン着の券を購入しました。同じ日に妻が英語を勉強するためにイギリスへ出発しました。彼女も安い券を探した結果、成田発→シンガポール経由→ロンドン着の券を購入しました。私達はシンガポールからロンドンへの便が同じでした。

機内は、3列、4列、3列の席でした。私たちは真ん中4列席の反対側の通路席でした。私たちの間には、夫婦(国籍不明)が座っていて、その奥さんが私の隣でした。

座った瞬間からその奥さんが私に色んな質問をしてきました。最初の質問は「どこに向かっているのですか?」だった。ロンドン行きの飛行機だったので、ちょっと変な質問だと思いました。

それから次から次へと質問をしてきました。

どこに住んでいる?: 日本

何をしている?: 翻訳

日本語を話せる?: はい

彼女(3席離れた知らない女性)は日本人ですか?: 知らない!!

知らないと答えた瞬間、奥さんが彼女に英語で「Are you Japanese?」と聞きました。彼女は不思議な顔で「Yes.」と答えただけ。それだけで充分でした。奥さんが「彼は日本語が話せるので、ここに座った方がいいよ。」と言い、上にあった荷物を取り出し、無理やり彼女と席を換えました。

彼女はイギリス留学の為に、誰にも資金援助を求めず、自分でアルバイトをして留学資金を貯め、本場の英語を習いに行くと説明しました。15時間後に目的地のロンドンに着いて、一緒に荷物を受け取り、彼女があまりにも不安そうだったので入国の手続きを手伝い、彼女を迎えに来ている英会話学校の担当者の場所まで連れて行きました。私は6週間後に日本に戻る予定だったので、私の親の電話番号を彼女に渡し、困ったら電話してみたらと伝えました。彼女の苗字や連絡先も知らなかったし、彼女が連絡して来るとも思いませんでした。

でも・・・私が日本に戻る前の日に親の家に電話して来ました。「その節はありがとう。今は落ち着いて勉強しています。葉書を送りたいので、住所を教えてください。」と言う短い会話でした。葉書は来ないだろうと思ったが、親のイギリスの住所を電話で教えました。そして何も考えず、翌日日本に帰りました。

数ヵ月後に親から「葉書が届いている」と連絡がありました。まぁ、急いでいないので、親が今度イギリスから何かを送る時にその箱に入れてもらうようにしました。葉書が届いたら葉書で、手紙が届いたら手紙で返信しました。彼女の留学生活が終わり、日本の実家(埼玉県)に帰ってからはメールで連絡が始まりました。その後知り合ってから1年以上経った頃に「福山を見に行っていい?」と聞かれて、福山に遊びに来ました。それが、1999年の10月でした。11月に東京出張があったので、東京で会い、年末年始は彼女が福山に来てその時に、結婚することを決めました。知り合ってから結婚するまでは、電話やメールなどの連絡は多かったけど、実際に会ったのは4回でした。2月に埼玉の実家のご両親に挨拶に行き、彼女はその年の5月1日に福山に引っ越してきました。

国際結婚するのに色んな手続きが必要だったので、婚姻届は出会った日にちを選んで、その日にちに福山市役所に提出しました。知り合った日からちょうど2年でした。

お酒とビジネス

2010年5月18日

もしお酒を飲みながら仕事の話をしないべきと思うのであれば、中国に行かない方がいいかも知れません。お酒とビジネスを混ぜたくない人も多いようですが、中国では一般的にお酒とビジネスを分けることは出来ません。「お酒無しなら、ビジネス無し」と言っても過言ではないでしょうか。他の国では、お互いをより良く知り合うため、ビジネスの相手と一緒に食事をしたりすることがありますが、中国ではこれがかなり重要視されているのが真実です。

私が初めて中国に行った時は日本の経営者の集団の一員としてでした。幾つかの中国の市政府の招待で、それぞれの「開発区」を見学し、投資奨励の話を聞く内容でした。

私達のグループは日本からの6人程度の経営者でした。迎えに来るのは中国側の市政府の偉い方々で、開発区の責任者、そして数名の国際ビジネスをしている中国の会社経営者でした。私達の倍以上の中国人が迎えに来てくれて、最初はそれが歓迎の気持ちの表れだと思いました。空港から見学場所に行ったり、それからホテルに戻ったりと、その間はずっと公安局のパトカーが先頭となり、車で移動しました。

完全なVIP扱いに感じましたが、第一印象は良く外れますね。特に中国では・・・

最初の日はまだ開発途中の「開発区」に連れて行かれ、その後昼食に招待されました。私達6人に加え、12人くらいの中国人がいました。通常はその市の市長から工場の工場長までが出席します。ビール(運が良かったら、冷たいビール)にその地方の自慢の白い酒(白酒、baijiu)が出されます。これは35%から75%のアルコール度数で、味は「悪い」から「最悪」までです。

接待の場での礼儀は客側の一人ひとりが現地側の一人ひとりと1対1の乾杯をすることです。私達は6人で、彼らは少なくても12人です。つまり、1回乾杯することで、私達は一人12杯飲み、中国側は一人6杯。まるで「私達対彼ら」の競争です。それが不公平に聞こえるようなら、もう一つ知っていた方がよいかと思います。私達が地方の自慢な55%のまずい酒で一気飲みしている間は、中国側は2杯目からこっそりと水やお茶を飲んでいるのが当たり前です。この段階は、まだお昼御飯の話です。

その後、港などを見学してから、2時間ほどのセミナーがありました。確かに自分の言語(英語や日本語)に翻訳された書類を用意されますが、全く理解不可能の文字列であるのが普通です。これは昼寝のいいチャンスです。それが終わり、ホテルで30分程の休憩をし、午後6時半に再びお酒を交えた食事になります。

食事は通常、その地方の一番贅沢なものです。例えば、大きなナマコから蠍、揚げた虫、色々な正体不明なものばかりです。もちろん、それらと一緒にお酒を戴きます。ただ、今回はグラスがより大きく、乾杯の回数もより多いです。

食事が終わってから、普通は近辺のカラオケ店に連れて行かれます。そこは日本語が話せ、飲み物のサービス(温かいビールなど)を提供してくれます。

なぜそんなに飲む?

彼らはたくさん飲むと言うよりも、たくさん飲ませます。今まで色々な理由を聞きましたが、一番納得できるのは、人は飲んでから本当の自分を見せることが多いという理由です。中国人はビジネスをする前に相手の正体を確認したく、その一番簡単な方法は酔ってもらうことです。

実際に自分が飲んでいる席で体験したことは、中国側の人は何回も同じ質問をしてきたことです。言い方が違っても、質問は同じです。最初は相手も飲んでいるので、既に聞いていることを忘れたか、相手があまり賢くないか、と思っていました。しかし本当はまったくの逆でした。計算の上、賢く質問をしていました。ある日について聞きます。それはいつだった?その当時は何歳だった?それは何年前?今は何歳?相手はもちろん、飲む前と酔ってから同じ答えが来ることを確認しています。真実を伝えているのであれば、全く問題ないことです。

お酒を避ける方法

基本的には不可能です。初めて会う時に全く飲めない(飲まないではなく飲めない)ことを明確にしない限り、社会的なルールに従って「少しだけ」を飲むことにはなります。その「少しだけ」が、「もう少し」になり、あっという間に「たくさん」の意味になります。最初の乾杯で、一滴でもお酒を飲むと相手は「飲める」と判断し、その後避けることは出来ません。

もちろん、お酒を断ることも選択肢の一つですが、相手のお酒を断ることは相手のビジネスを断ることと等しいことになります。

通訳者

市政府の接待の際、若い女性が通訳者として同席します。良くあるのがその女性は乾杯の際にお酒をすべてを飲み干せません。その為、自分が「紳士」として、隣の女性を助けることを期待されます。白酒が苦手な女性の場合、赤ワインを頼むことがあります。女性が赤ワインを頼んだとしても、結局自分で飲むハメになるのが普通です。結果的には、自分が温かいビール+55%の白酒+赤ワインをすべて一気飲みすることになります。

要約

上述の付き合い方が数年続き、最初はただの「外国からの来客」でしたが、それが「取引先」になり、「友人」となった今では、お酒の量が急に減りました。

市政府の方とお昼を共にした時には、「飲まなくていいよ」と言ってきます。食事に誘われ、既に予定があることを伝えたら、お茶だけで済ませることが出来ます。

中国人は相手のことを「10年後にもこの人と付き合えるか?」と見ます。

一方、日本人は目先の取引でどのくらいの利益を得られるかを計算しています。

全然違う考え方であり、習慣です。

私は中国の考え方の方が好きです。

ただ、好きなのは、その「考え方」だけであり、「お酒の好み方」ではないことを強調します。